ルート19 第1話

 
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「ルート19の長い道のり~松本康、自らを語る」シリーズ

イントロダクション

 現在、Ustream上で私が自らの軌跡を語った映像が記録、公開されている。まず、どうしてそうなったかのいきさつから説明したい。
 
 きっかけはジューク・ジョイントでの不定期なDJイヴェントである「ほう、そうかい」の有志が集まって、松本宅で食事会をしようというところから始まった。ちなみに、この「ほう、そうかい」のネーミングは私がつけたものだが、日頃放送界(ほうそうかい)で働いている人たちが集(つど)って、自分たちの番組ではかけない、かけられない個人色の強い選曲をしてもらい、意外性を感じたら、「ほう、そうかい(そう来る)」といった感嘆が起こることを期待して、イヴェントを始めた。そして、各選曲者が嬉々として音楽をかけて、普段の仲間どうしが楽しんでいる様が、私自身嬉しかった。
 この催しは30数回、回を重ねたと思うが、今は参加者たちの仕事場の環境が激変してしまい、なかなか一堂に会するとは行かなくなっている。そういうこともあり、「まあ、我が家に遊びに来んね」といったことになった。

 問題はそれからだ。その際に我が家にあった数々の私の軌跡の遺物を見て、そのメンバーのひとり、寺井到(いたる)<以下も敬称略>が、映像に残しましょうと言い放って、和気あいあいとした食事会は終わった。

 そして後日、寺井到は妻のYさん、料理名人のO君、「ほう、そうかい」の幹事M女史たち(別に名を伏せることもないのだろうけど、まだ本人の許諾を得てないので)とやって来た、大きなリュックサックや鞄にマイクやミキサーやヴィデオ・キャメラなどをいっぱい詰め込んで。私は何が起こるのか理解できてなかった。どうもインタネットでインタヴュー形式の会話を流そうということらしい。それで、まずは試験的な予告編を撮った。予告編とは言っても、かなり長いものになった。それはYouTube上で見られる。
パート1が
http://www.youtube.com/watch?v=3xoOYaogbLgで、
パート2が
http://www.youtube.com/watch?v=Pvs-hM0B-Qoで、
それぞれに10分以上ずつある。パート1は音が小さく聞きづらいが、パート2はかなり聞きやすいので、興味ある方はトライしてみてくださいな。

 月に一度くらいのペースで、この食事会を兼ねたインタヴューは行われる予定だが、台本もなく、専門的な音響の専門家がいる訳でもないから、いささか冗長な印象を受けるでしょう。目安として一回に一時間、ひとつの事柄を集中的にという感じは決まった。
 
 ずっと聞くにはキャメラの変化もないし、退屈だろうから、私自身でインデックスをつけてみることにした。( )内はその内容が始まる目安の分数。分数を指針にして興味あるところだけでも聞いてみてほしい。

 自分で言うのもなんだが、プロデューサー兼聞き手の寺井到が、まず強い興味を抱いているのと、質問の的を得ているので、私自身、今まで受けてきた数多くの、そしてどれも中途半端な取材と違って、深部にわたって話が出来ている。福岡のロックのある一面を語るものとして楽しんでいただいて、さらには何かのヒントのなってくれれば、嬉しい。
 滑舌は悪いけど、私は舌好調だ! コウ、ご期待!!

 ルート19の長い道のり~松本康、自らを語る

第1話「ジューク・レコードの創業と初期のエピソード」(http://www.ustream.tv/recorded/45467734
企画・技術・進行 寺井到 (2014年3月28日収録、同時放映)

まず使用料無料である代わりに、CMが入る。基本的に30秒のCMが必ず頭に入る。その間はガマン。
右下に「SKIP AD」と出てる時はそれをクリックすると、すぐに始まる。

(1)最初操作ミスで無音  雑談
(2)ここは何処?  何の部屋?  このファイルは何?
(4)高2の時の坊主頭で学生服の松本の写真
   (その時EVERIOのCMが入り、映像はさえぎられるが、音は生きている)
(5)友人であり恩人である二人、大石岩雄と森公英
   (初代ジュークの前で写真)
(6)まずは場所ありき 1976年12月末「風街」での会話ですべてが始まった
(8)金策は?  起業のための計画書 商工会議所 やる気満々
(10)手持ちの資金は?  何と!
(11)仕入れは?  輸入?
(12)税関での通関のトラブル 商標権? (EVERIO CM 音声は続く)
(14)開店の運びと
(16)初期の店内の写真  コーラの自販機
(17)チェッカーズが通う? シャナナのLPがバカ売れ 久留米の高校生
(19)久留米は50’sの街?  トラヴェラーズ
(20)チェッカーズのリーダー、ドゥーワップのレコードを所望
   カセットテープ持参
(21)シャネルズ来店とその訳  シャネルズとのささやかな交流
(23)松本自身のレコード蒐集の変遷
   ヤマハ福岡店 サカネ楽器(大阪) メルリ堂  サムズ
(25)アメリカから通販で
(26)一気に収入ダウン
(27)難航する仕入れ  STIFFレーベル旋風
   ジュークは日本で二番目の早さ?  イギリス直送
(29)カタログという考え方  セレクションの基本方針
(31)アーカイヴ的なレコード店のはしり?
   「いつ行っても、ローリング・ストーンズのセカンドがある」
(32)ニュー・ウェイヴの台頭
   円相場の変化  状況が一変  英米の傾向の違い
(35)中古盤にも力を入れるが  松本が最初に放出したLPの枚数は?
(37)そそのかされた田島晴男(タジマハル男)君  交換割り増し方式
(29)先駆者(?)田口商店
   タモリ倶楽部の「廃盤アワー」 内藤洋子の「白馬のルンナ」
(41)西公園のビッグピンク 個性的な品揃え バンドマン放出のお宝
(43)久留米のシティワルツ 六角堂 リズム・レコード
(45)ビッグピンクの発展と閉鎖 KBCタワー・レコード トラックス
(47)120%の自信と99%の借金 バンドマンは味方? それとも?
(49)ジューク・レコードを育んだ真の客
(50)ベスト電器出身の四人のレコード店主たち
(52)ジューク・レコードの他店と違う決定的なこだわりと経営方針
   「いつもありますね。売れ残り?」「何?」 松本切れそうになる
(54)レコード業界の変容  ファン気質も
(55)松尾「KC」潔が感じたジューク
(58)~(81)休憩      
(65)あたり、珍しいスーツにネクタイの若き日の松本の写真
(81)再開するも、音量が落ちる
(82)パンクの対応は冷静
(83)決定的だったDR.フィールグッド、パイレーツ
   東京の高田馬場の「オーパス・ワン」
(84)パンク勃発期にジュークはスタート  いい時期だった?
(86)山善一日店員事件  カウンターの壁は聖なる領域
(89)ひんぱんに通って来るアンジーの三戸と中谷 そして無い物ねだり
(90)中谷のフライヤー事件  中谷の工作物(現物で説明)
(94)BGMにはこだわる  みんな思い入れで動いていた
(95)福岡に憧れて来たアンジー アクシデンツ モダンドールズ
   ロックンロール・サーカス
(96)友泉亭時代の多夢でのモッズのライヴに山善と陣内孝則が乱入?(写真)
(98)初期のモッズ  平和台球場での野球観戦
(101)ロック・クラッシュと森山達也の人脈
(102)終了
(103)資料を整理し始めた理由  もう一人の仕掛人、中谷